60個目のサプライズ 作:亀山 賢一

登場人物

     橋本緑(25)      結婚式場 司会者

     前原祐子(22)     新婦

 

 

        SE 喫茶室の喧噪

   

祐子「で、ここで、最後のサプライズ。私が  テーブルの下に潜った瞬間、青のドレスか

  ら赤のドレスに早変わりして、バッて登場  するの! ね、これビックリするでしょ?」

緑「はあ……」

祐子「ここまでで披露宴は終了です。じゃあ、当日の司会、よろしくお願いします」

緑「あのー、祐子様、ちょっといいですか?」

祐子「え? 何か問題あります?」

緑「祐子様、これは祐子様の結婚式です。ですから、私どももできる限り新婦様のご希

  望に添えるよう、努力はするつもりです。しかし……これだけサプライズが多いと」

祐子「多いですか?」

緑「ええ。全部で59個あります」

祐子「59個?」

緑「はい、2時間の披露宴で59個。約2分に1回の計算です」

祐子「そっか。じゃ、あと一つ入れて60個に」

 緑「(慌てて)お待ちください! 祐子様。私も今までに披露宴の司会、何組もやらせ

  ていただきましたけど、これだけサプライズが多いのは、ちょっと経験が」

祐子「だって、サプライズはいっぱいあった方が楽しいでしょ?」

緑「分かります、分かりますよ。でもですね、お色直しだけでも、最後のを入れて7回で

  す。7回目ともなると、ご来賓の方も、さすがに驚かないと思うんですが」

祐子「だから、最後は早変わりにしたし」

緑「いえ、スピードの問題じゃないんです。他にもですね……ほらここ、料理の中に

  『幸せのコイン』を入れるって演出」

祐子「そうそう! それ、いいと思わない?イギリスじゃ、6ペンスのコインが幸せの

  お守りなの。だから、誰かの料理にそのコインを入れて、みんなで探すって、絶対盛

  り上がると思わない?」

緑「確かに盛り上がると思います、1回なら」

祐子「どういうこと?」

緑「最初のオードブルから最後のデザートまで、8品すべてにコイン入れるとなると、

  さすがに後半は飽きられるかと……全部で8回探すわけですから」

祐子「チャンスは多い方がいいじゃない」

 緑「まあ、そういう考え方もありますが」

祐子「大体、そんな時にお客様を盛り上げるのが司会者の役目じゃないの?」

緑「ええ、でも、同じ仕掛けで8回盛り上げろって言われても……」

祐子「じゃあ、どうしろって言うんです?」

 緑「はい、出来れば、このサプライズの内、いくつかでも削っていただければ」

祐子「無理。どれも削れない」

緑「そこを何とか」

祐子「あのね……悪いけど今回のサプライズ、全部昔から決めてたの」

緑「昔から?」

祐子「ほら、これよ」

緑「ノート……ですか?」

祐子「中、見てみて」

   

    SE ノートをめくる音

   

緑「これって……」

祐子「私ね、小学校の頃から、自分の結婚式のアイデア、思いつくたびに全部そのノー

  トに書いてたの」

緑「すっごい、丸々一冊びっしりですね」

祐子「うん。でも、お父さんが早くに死んで、ウチ、貧乏だったし……そこに書いてある

  結婚式なんて、夢のまた夢。出来るわけないって思ってた」

緑「そうなんですか……」

祐子「でも……健くんと結婚する時、ダメ元でこのノート見せたの。そしたら『お金の

  ことは気にしないで、祐ちゃんの好きなようにやりな』って言ってくれて」

緑「祐子様……」

祐子「私、その時、心から思ったんだ。『この人と出会えて本当によかった』って」

緑「……分かりました」

祐子「え?」

緑「私も司会のプロです。この橋本緑、何としても2時間で59個のサプライズ、成功さ

  せてみせます」

祐子「(明るく)橋本さん」

   

    SE 披露宴の喧噪

   

緑「それでは、新婦様、4回目のお色直しを終えてのご登場です。どうぞ!」

   

    SE 拍手 

   

緑「お時間の関係で、新婦様はそのまま5回目のお色直しに向かわれます。盛大な拍手

  でお見送りください!」

   

    SE  拍手

   

緑「はい、そうこうしている内に運ばれてきましたオマール海老のロースト。皆様、『

  いくらなんでも、もう無いだろう』って思っていませんか? いえいえ、まだまだチ

  ャンスはございます! さあ、本日4枚目の幸運のコイン、早速お探しください!…

  …あっ、お客様、ありました? え!? 本日2枚目!? おめでとうございます!!

   

    SE 福引きの当たりの鐘の音

   

    SE ロビーの喧噪

   

緑「お疲れ様でした、祐子様。素晴らしいお式でしたよ」

祐子「(涙)ありがとうございます。橋本さんに頼んでよかった。ホント感動しました」

緑「最後の早変わりも上手くいきましたね」

祐子「でも、その後に健くん、いきなりあんなことするから、私もう大泣きしちゃって」

緑「よかったですねぇ、あの新郎様のお手紙。亡くなった祐子様のお父様へ、『祐子は僕

  が一生守ります』って宣言されて……私も思わずウルウルしちゃいました」

祐子「あの……緑さんは、知ってたんですが? 健くんがあんな手紙読むって」

緑「ええ。でも、口止めされてまして。『祐子には絶対内緒のサプライズだから』って」

祐子「分かった! そっか、それでかー」

緑「え? 何がです?」

祐子「橋本さん、健くんのサプライズを入れるために、私のサプライズ減らしたかった

  んだ。もー、先に言ってくれればいいのに」

緑「え?(苦笑)あ……そ、そうですね。でも、多い方が楽しいですから、サプライズ

  は」

 

終わり